パワーストーンイメージ

私の願いを長寿の願いを叶えたパワーストーン

私は、19歳の女性です。
一見長寿を願われるのは早すぎるかもしれない。
だけれども私の母には大きな夢があった。
それは、一日でも長く私が生きて欲しいということだった。
私は、幼い頃から自分の周りには病院の看護師さんとお医者さんだけだった。
そう、私は小さい頃、心臓病を患っていたからだ。
私が生まれてからというも、母親が様子が違うことに気づいた。
いつも苦しそうで、チアノーゼが出て顔が真っ青、ミルクが飲めないことが続いたそうだ。
そんな状況だったから、私の母やわたしを連れて病院に行った。
その病院は小さな最寄りの病院で母は風邪で過呼吸を起こしていると思い連れて行ったのだ。
その後、その病院の医者はこう切り出した。
ここの病院では治療出来ません。
早急に大きな病院の紹介状を書きますので、そちらの病院に行ってください。
救急車は今手配しています。
母はびっくりして医者になんの病気ですかと話した。
お子さんは小児性心臓病ですと医者は冷静に話したという。
母親は腰を抜かした。
何せ、私が2ヶ月の時に病気が判明したのだ。
私を産んでからというものまだ母の体は本調子ではなかったからだ。
ふらついた体で早急に夫や、親族に連絡を取った。
私の娘は心臓病で大病院に入院することになったと話すのはとても大変だったと思う。
大病院に入院後、詳細な検査が行われた。
その結果、私を苦しめていた病気が判明した。
完全大血管転移といって、心臓の動脈と静脈の一部分が逆になっている病気だった。
詳しく話すと、心臓には4つ血管があり、そのうち酸素がたくさん入った血液を体内の隅々に送る血管、体内の組織から二酸化炭素が入った血液を肺に送る血管がある。
私の病気はその血管が逆になっていたのだった。
つまり二酸化炭素が多い血液がまた体をめぐるような構造になっていた訳だった。
大病院の先生は、両親にこの病気を放置しないで病院に来たことは大変良かったということを話した。
いま来なければ手遅れになっていたと言っていた。
母は、こんな体に産んでしまってごめんなさいと言って泣いていた。
そんな母を父は、この子の試練だから、乗り越えたら幸せになるよと言って母の手を握っていた。
祖父や祖母も駆けつけた。
可愛い盛りの孫がどうなるか心配で来たのだった。
入院してから一週間後手術の日取りが決まり、手術についての話があった。
この病気は直せない病気ではありません。
キチンと手術すれば大丈夫です。
でも確実はありません。
全力でお子さんを救いたいと思いますと話した。
その話を聞いた後、これからの人生を一日でも長く生きて欲しいと、母親は家に帰宅しようとしていた。
するとパワーストーンのお店があった。
母は入って店員さんに長寿のお守りの石ってありますかと言って尋ねた。
事情を知った店員は、早急にアクアマリンを用意したそして誕生石でもあったことからパワーストーンのネックレスを作ってもらった。
手術の日まで私の首にはそのネックレスがあった。
そして、手術当日、15時間の手術の結果私は無事に生還した。
1〜2歳まで病院通いが続いたが、その後、後遺症もなく元気に部活をすることができている。
このネックレスのご利益ねと母は何度も話すが、私は母がしてくれたことが非常に嬉しく思う。

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